12/10より!UPLINK FACTORYおよびXにて公開だそうです。
リンク: The Corporation | ザ・コーポレーション.
ちなみに、以下、僕の映画評です。
-------------------------------------------------------------------------------------最後まで一気に見れた。
企業は何のためにあるのか、どこに向かおうとしているのか、
難しい題材だが、脚本と編集の勝利だ。この種の映画に関して、米国の映画作りのレベルに絶賛すべきものを感じる。
この種のドキュメンタリータッチの映画は、今の日本の異常な表現の自由に対する逆風の中では、名誉毀損問題や著作権侵害の問題などがあって、日本映画で描くのは大変難しいんだとも思うと、とても残念な気がする。
ところで、利益獲得を至上命題とする企業は、黙っていたら、この世界のすべてを食い尽くしていく・・・というこの映画が表そうとした理屈は、僕が弁護士になったころ(もう10年以上も前になる)から唱えている仮説課題でもあり、その意味でもこの映画が僕と同じ課題を題材を描いていることにも、とても感慨を覚えた。
しばらく僕は、現場の仕事に忙殺されていたこともあって、日々の答えにならない、この抽象的な仮説は、僕の潜在意識の中に沈んでいたが、この映画が、完全に思い出させてくれた。
ちなみに僕の仮説は、
作者のジョエル・ベイカン Joel Bakan氏より少し進んでいる。
つまり企業のシュア獲得と言う目的は、そのまま放置すると、これまで資本主義、商品市場が成立してない領域をすべて侵食していくことになる。
これを地理的・三次元的なレベルで言うと、この世界の地域をすべてを侵食していく。まだ資本化していない地域に貨幣経済、商品社会を持ち込み、当然、環境の破壊につながっていく。
同時に人間のライフサイクルも侵食していく。これまで市場ではなかった子どもの世界にも侵食し、子どもを商品市場の中にはめ込み、そして子どもの文化を破壊していく。そして高齢者、老人、人の死も市場化していく。
また同様にこれまで市場ではなかった、人間の心の領域まで侵食し、宗教ビジネス、宗教カルトの問題を引き起こし、個々人の人格すら破壊し、市場化していく。
すなわち、生の資本主義は、あらゆる残された領域を巻き込み、商品化していく。
このような現象が、最近の環境問題、子どもの人権問題、高齢者問題、そして宗教・カルト・自己啓発セミナー問題を、世界的な課題問題に変えている背景だと、僕は、考えている。
ただ残念なことに、この映画、そしてジョエル・ベイカン Joel Bakan氏は、前2者の理解までは進んでいたが、最後の宗教カルト問題への理解や描き方は、少し足りない感じがした。
ただ同氏と僕が考えているパラダイムは全く同じで、すなわち、企業の独善性と資本主義の末路の問題につき、結局、企業の暴走を、国や政府がとめるしかない、つまり資本主義社会において、今後、政府の役割はますます重要になっており、最後に我々を守るべきは法である(つまり自分たち市民である)という理解は、僕とまったく一緒で、同氏が、僕と、同じ弁護士として共通の基盤があることも、興味深いものであった。
一気に見れる映画だし、米国社会の実情も勉強できるので、ぜひ皆さんに見ることをすすめたい。
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