東住吉女児焼死再審決定に見る冤罪の構造:国と自動車会社の責任=逮捕から20年というあまりの非人道さ
報道にある、再審の決め手になった実験が正しいなら、明らかに車の欠陥、製造物責任の問題ではないか。
消費者問題でもある。消費者は購入前に、その車がガソリン漏れして火事で自宅が焼失する車であるか否かを事前に見抜くことはできない。
他人事ではなく、同車種を購入した家であれば、どこでも起こりうる被害だった、と思われる。
現時点ではメーカー名は明らかにされていないが、自動車会社の罪作り性にもほどがある。と同時に、不法行為の除斥期間は20年。
1995年の事件だとすると、もはや除斥期間が過ぎてはいないか。
長男との生き別れというだけでなく、救済法の消滅という点で、20年という拘束期間の非人道さが、さらに浮かび上がってくる。
無罪という真実だけでなく、火事の真実も暴かれなければ、亡くなった子も、ばらばらになった家族も浮かばれない。
今後は、再審無罪だけでなく、子どもを火事で亡くした、その火事の損害を誰が負うのか、つまり、弁護団は、火事に対する損害賠償請求も、視野にいれた活動が必要となる。
最近、被害者保護の観点から、刑事弁護活動の問題点を批判する評論家や週刊誌記事なども散見するが、こうした論調は、冤罪の非道さを理解していない、と思うし、日弁連の活動は、徹底した刑事被告人の立場にも立つし、徹底した被害者の立場にもたつ、という両面的両義的な活動であることを理解していない、と思う。
日弁連には、刑事弁護関係の委員会だけでなく、犯罪被害者に対する支援(犯罪被害者支援委員会) が存在し、両者とも活発に活動を続けている。
弁護士の活動は、徹底した依頼者の立場にたつ、ということであり、弁護士制度の前提を十分に理解していただき、刑事弁護人の活動を委縮させないご理解もいただきたい。刑事弁護人の活動に対する無理解の蔓延は、冤罪を増やしていくことにもつながりかねない。
袴田事件もそうだが、今回の東住吉女児焼死再審決定も、冤罪のあまりにも、文字どおりの”非道さ”=非人道さに震撼する。我々は冤罪をなくす社会を目指さないといけない、とつくづく思う。
[参考記事]
■逮捕から20年…小6死亡火災、再審を引き寄せた「決め手」は:イザ!=2015.10.24
以下抜粋:
「2人の無罪を主張する弁護団は1審から自然発火説を訴えていた。報道を見た千葉県の男性から「自分の車でもガソリンが漏れる」と情報提供を受け、同じ車種4台でガソリン漏れがあることを確認。ガソリン漏れと種火への引火-。自然発火の可能性を示す2つの証拠がそろった。」


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