2011年1月1日の平田信容疑者の任意出頭と逮捕が報じられていますが、同容疑者と假谷さん拉致殺害事件との関わりについて、以下、概略をまとめておきます。
平田容疑者にとっては、最低限、以下の容疑がかかっており、平田容疑者が、過去にきちんとけじめをつけ、オウムと決別を付けるかは、オウム事件についてのすべての事実関係につき、同人が正直に話すことが必要となってきます。そして、このことが、唯一かつ真の被害者への謝罪と慰藉につながるのだと思います。
平田信に対する麻原彰晃こと松本智津夫に対する東京地裁平成16年2月27日判決の事実認定から、以下、引用
「假谷事件」部分のみ引用
ⅩⅡ 假谷事件
[第1(逮捕監禁致死)の犯行に至る経緯]
1 假谷清志は,平成7年2月当時,東京都江東区内の自宅に居住し,東京都品川区の目黒公証役場に事務長として勤めていた。假谷の実妹である仁科愛子は,昭和62年,夫から公証役場が1階にある建物及びその敷地等を相続し,その2階に居住していた。
2 仁科は,平成5年10月ころ,ヨーガ教室で知り合った教団信者のヨーガ指導者に誘われ,健康のためにヨーガ修行をすることとし,教団の在家信徒となり,東京総本部道場に通うようになった。仁科は,東信徒庁長官の飯田エリ子らから布施を勧められ,平成7年1月20日ころまでに教団に合計約6000万円の布施をし,そのうち4000万円は同月20日ころ直接被告人に手渡し,その際,被告人から,早く出家するよう言われた。飯田や○○○○○○は,被告人の意を受け,仁科を出家させて仁科方土地建物を含む資産すべてを布施として教団に拠出させるため,仁科に対し執ように出家を勧め,薬物を使用したイニシエーションを施すなどして,出家することを同年2月中旬ころ承諾させ,その後は,仁科を出家前の信者として東京総本部道場に寝泊まりさせ,信徒対応の上手な中村昇に仁科と面談させるなどして全財産を教団に拠出するよう働き掛けた。仁科は,假谷やその家族らに譲るつもりであった仁科方土地建物を含めすべての財産を教団に取り上げられてしまうことを危惧するなどしていたところ,同月24日,友人を入信させるために強羅に行くと言い置いて東京総本部道場を出,教団に連絡することなくその日は知人方に,25日と26日は假谷方に,27日は別の知人方に泊まり,その間假谷や知人らと話合いをするなどして悩んだ末,後記のとおり,同月28日午後5時ころ,東京総本部道場に電話し,教団に出家するのをやめる旨○○○に伝えた。
3 ○○○は,同月26日,仁科が2日間も東京総本部道場に戻らず連絡もないため,中村昇や飯田にそのことを報告した。中村昇及び飯田は,仁科から従前仁科方土地建物を実兄ら親族に譲渡する約束があると聞いていたことから,仁科の親族が仁科方土地建物を布施されるのを阻止するために仁科をらちした可能性があると考え,CHS大臣の井上に仁科を捜す手伝いを頼んで井上の配下の松本剛や平田悟をよこしてもらい,同日から翌27日にかけての深夜,公証役場の様子を見にいくなどしたが仁科の所在を突き止めることができず,被告人に電話でその旨連絡した。
中村昇,飯田及び○○○らは,同月27日昼ころ,公証役場の付近まで車で行き,○○○が,様子を探るために公証役場に行った。○○○は,公証役場から戻ってきて,中村昇や飯田に「仁科さんはいますかと聞くと,仁科の兄と名乗る人が出てきて『ここには愛子はいません。随分前から帰っていない。何の用ですか。』と言って,不審がるような感じで話をしてきた。その人の態度は不自然だった。」などと報告した。中村昇と飯田は,それを聞いて,假谷が仁科の居場所を知っている可能性が高いと考え,假谷を見張っていたところ,假谷がボディガードらしい男性と公証役場から出てきたのを見て,これを尾行したが見失った。
中村昇と飯田は,その後合流した井上にそれまでの事情を説明した上,假谷の様子から,假谷が仁科を監禁している可能性が高いなどと訴え,假谷から仁科の居場所を聞き出すためにどうしたらいいかなど今後の対応について協議した。井上は,公証役場を案内された後,中村昇を車で東京総本部道場に送ったが,遅くともそれまでに,中村昇は,井上との間で,假谷をらちして仁科の居場所を聞き出すしかないのではないかという話をした。
4(1) 被告人は,同月27日から翌28日にかけての深夜,第2サティアン3階の第2瞑想室において,村井,新實,井上,中村昇,飯田や各支部の支部長ら数十名を集めて信徒対応責任者会議を開いた。飯田と中村昇は,その会議が終了した直後,被告人に仁科の居場所は分からなかったと伝え,假谷を尾行した状況やその際の假谷の不審な行動,すなわち,○○○が公証役場に行った際仁科の兄と名乗る假谷が出てきて愛子はいないと言って不自然な態度であったこと,その後假谷は銀行や喫茶店に立ち寄ったが喫茶店では何も注文をせず電話をしただけで店から出るなど不自然な行動をとっていたこと,假谷は公証役場から帰る際女性とボディガードらしい暴力団員風の男性を連れていたこと,假谷が仁科を監禁している可能性があることなどについて説明した後,仁科の居場所を聞き出すため假谷をらちして聞き出す方法もあると思う旨報告した。被告人は,仁科が出家して多額の布施をすることになっていたのに同女がいなくなりそれが難しくなったことから怒り,飯田に,「おまえがたるんでいるんだからこんなことになるんじゃないか。東信徒庁の活動も落ちているじゃないか。」と言ってしっ責し,さらに「そんなに悪業を積んでいるんだったらポアするしかないんじゃないか。」などと言って飯田らの言う假谷のらちだけでは済まされず,同人を殺害しなければならないほどの重大な問題であることを指摘した。被告人は,その際村井から耳打ちされるなどして,これまで違法行為に関与したことのない信者も周りにいたことに気づき,「ポア」という言葉を撤回する趣旨で「じゃ,おまえたちの言うようにらちするしかないんじゃないか。」と言い,さらに「らち」という言葉も適当でないと直ちに思い直して「ほかしておこうか。」などとぼやくように言って部屋を出ていき,関係者だけで仁科の件について話を続けるため,隣の「尊師の部屋」と呼ばれている瞑想室に移動し,村井,井上,中村昇及び飯田らも被告人に続いて尊師の部屋に入った。
(2) 被告人は,假谷をらちし,麻酔薬を投与して半覚せい状態にし潜在意識に働き掛けて会話をする「ナルコ」を假谷に実施して仁科の居場所を聞き出そうと考え,尊師の部屋において,井上及び中村昇に対し,假谷をらちしてナルコを実施し仁科の居場所を聞き出すように命じた上,更に具体的に,武道の得意な中村昇と井田喜広が中心となって假谷をらちすること,假谷のボディガードに対しては村井の開発したレーザー銃を使って目をくらませることとし,その役は以前レーザー銃を使ったことのある平田信にさせること,そのほかCHSの信者にも手伝わせること,医師資格のある中川が假谷に麻酔薬を注射して眠らせ上九一色村まで連れてくることなどを指示し,井上及び中村昇はこれを承諾した。
5 その後,中村昇は,電話で平田信を呼び,村井や井上を交えてらち計画について話をし,レーザー銃のバッテリーの充電に時間がかかることから,平田信はそれを終えて東京で合流することとした。また,中村昇は,井田が早川の部下で自分で運転のできる中田清秀の運転手をしていることを知り,その旨被告人に報告したところ,被告人は早川を呼び,運転手を中田に付けたことをしかり,井田を早く戻して中村昇に渡すよう指示した。
井上は,第6サティアン2階で被告人の指示に基づき修行に入っていた中川にらち計画を説明し,東京でらちを実行する際相手を麻酔で眠らせてくれるよう頼んだ。中川はこれを了承し,全身麻酔薬である筋肉注射用のケタラールと静脈注射用のチオペンタールナトリウムのほか,注射器,点滴セット等を用意して東京に向かった。
6 井上,中村昇,中川及び平田信のほか,らち計画について説明を受けたCHSの平田悟,高橋克也及び松本剛は,同月28日午前11時ころ,ワゴン車(デリカ)及び普通乗用自動車(ギャラン)に分乗して公証役場付近に到着し,しばらくして井田も合流し,らち計画について説明を受けた。
その後,井上は,平田信にレーザー銃を操作させ,通行人にレーザーを照射してレーザー銃の効果を実験したが,目くらましの効果がないことが判明したため,らち計画を練り直すこととし,井上と中村昇が中心となり実行メンバー8名全員で話合いをした結果,假谷が公証役場から出てJR目黒駅に向かって歩いているところを襲うこととし,松本剛がワゴン車で假谷の進路を塞ぎ,中村昇,井田及び高橋克也の3人が後ろから假谷を抱き込むようにしてワゴン車内に押し込み,平田悟がワゴン車内から假谷を引っ張り込み,中川が假谷に麻酔薬を注射して眠らせること,その後,松本剛がそのままワゴン車を,平田信はギャランを運転して現場から逃走し,井上は現場指揮をとることなどのらちの方法と各自の役割分担が決められ,実行メンバー8名は,假谷が公証役場から出てくるのを待った。
7 中村昇は,同日午後4時30分ころ,假谷が公証役場から1人で出てきたのを発見し,井田及び高橋克也と共に,JR目黒駅に歩いて向かう假谷に近づいた。
[罪となるべき事実第1(逮捕監禁致死)]
被告人は,教団への出家を案じ身を隠した信徒仁科愛子の所在を聞き出すため,同人の実兄假谷清志(当時68歳)をらちすることを企て,井上,中川及び中村昇らと共謀の上,平成7年2月28日午後4時30分ころ,東京都品川区の路上において,同所を歩行中の假谷に対し,中村昇がその背後から假谷の身体に抱きついて転倒させ,大声で助けを求める同人の身体を井田及び高橋克也と共に抱えるなどして,同所付近に停車させていたワゴン車(デリカ)の後部座席に假谷を押し込むと同時に,同車内から平田悟が假谷の身体を引っ張り込むなどして假谷を逮捕した上,直ちに松本剛が同車を発進させて,假谷を自らの支配下に置き,同車内において,中川が假谷に全身麻酔薬を投与して意識喪失状態に陥らせ,その後飯田から電話で,仁科から出家を取りやめるとの連絡が入った旨知らされたものの,仁科の居場所が分からないままであったし,被告人から新たな指示がない限り自分たちの判断で勝手に假谷を解放することもできなかったことから,井上らにおいて,假谷を上九一色村の教団施設に連れていき仁科の居場所を聞き出すしかないと考えた上このまま計画を続行することとし,さらに,同日午後8時ころ,東京都世田谷区の芦花公園付近路上において,意識喪失状態のままの假谷の身体を中村昇らが別の普通乗用自動車(マークⅡ)に移し替えた上,高橋克也が同車を運転し中川及び平田悟がこれに乗車して假谷を上九一色村の教団施設まで運ぶこととし,同車内において,中川が假谷に全身麻酔薬を投与して意識喪失状態を継続させながら,同日午後10時ころ,山梨県西八代郡上九一色村の第2サティアンに同人を連れ込み,そのころから同年3月1日午前11時ころまでの間,同サティアン1階の瞑想室において,中川及び林郁夫が假谷に全身麻酔薬を投与して意識喪失状態を継続させるなどして假谷を同所から脱出不能な状態に置き,もって,同人を不法に逮捕監禁し,同日午前11時ころ,同所において,大量投与した全身麻酔薬の副作用である呼吸抑制,循環抑制等による心不全により同人を死亡させた。
[第2(死体損壊)の犯行に至る経緯]
1 中川は,上記監禁中である同年2月28日午後10時ころ,第2サティアンに着いた後,第6サティアン3階に行き,林郁夫に対し,「尊師が『クリシュナナンダに手伝ってもらえ。』と言われたので,一緒にやってください。」と言ってナルコに協力するよう依頼した。林郁夫は,第2サティアンに行き,中川及び平田悟から假谷が同所に連れてこられた事情や状況,それまでの全身麻酔薬の投与状況等について説明を受けた後,医療器具等を用意し,同サティアン1階瞑想室で,假谷を診察した上,点滴を始めるなどしてその呼吸・循環等の管理に当たった。
2 林郁夫は,同年3月1日午前3時ころ,井上から,仁科の居場所を聞き出すよう言われて中川と共に1階瞑想室で假谷にナルコを実施し,次いで井上自らも加わり再度假谷にナルコを実施したが,仁科の居場所を聞き出すことができなかった。井上と中村昇は,今後の假谷の処置について被告人の指示を仰ぐため,被告人のいる東京に向かったが,上九一色村に戻る被告人と行き違いになり,会えなかった。
3 村井は,同日午前4時ころ,第2サティアンにきて,中川らから,假谷にナルコを実施した結果仁科の居場所を聞き出すことができなかったことや,頭部に電気刺激を与えて記憶を消すニューナルコでは,教団にらちされたという假谷の記憶を消すことができないことなどを聞いて,「そうか,帰せないかな。塩化カリウムでも打つか。」などと假谷を殺害する趣旨のことをほのめかし,さらに被告人は昼近くまで帰ってこないなどと言って帰っていった。
4 その後,村井は,被告人に,中川らから聞いた話を報告し,今後の假谷の処置について指示を仰いだところ,被告人から,口封じのために假谷を殺害して従前と同様に証拠隠滅のためにその死体をマイクロ波焼却装置で焼却し,假谷の殺害に当たっては井田に假谷の首を絞めさせるという旨の指示を受けた。
5 中川は,同日午前9時30分ころ,それまで假谷を意識喪失状態で管理していた林郁夫からその引き継ぎを受け,以後,第2サティアンの1階瞑想室で,假谷の意識喪失状態を保持したままその管理を続けた。
その後,村井は,同日午前10時ころ,第2サティアンを訪れ,中川に,「やっぱりポア。井田に首を絞めさせろ。井田にポアさせることによって徳を積ませる。井田を今後ヴァジラヤーナで使うから。」などと言い,自分の言ったとおり假谷を殺害することになったという趣旨の発言をした上,塩化カリウムの注射ではなく,首を絞めることによって假谷を殺害し,しかも,井田を今後教団の違法行為に関与させるために,実行役を井田にさせる旨の指示をした。そこで,中川は,まだ都内にいた井上に電話をし,井田を連れてくるように頼んだ。
中川は,その後も,假谷の様子をみていたが,部屋の外にいた平田悟に被告人からの指示内容を伝えるために1階瞑想室から出て假谷から目を離した同日午前11時ころ,前記のとおり,假谷は死亡した。
井上及び中村昇は,中川からの依頼を受けて,そのころ,都内のファミリーレストランの駐車場で井田を乗せて上九一色村の教団施設に向かい,同日昼過ぎころ,第2サティアンに到着し,その際,中川から,假谷が死亡したことや被告人からの指示内容について聞いた。
中川らは,被告人の指示に従い,井田に假谷の死亡を知らせないまま,既に死亡していた假谷の首を絞めさせた。その後,中川や中村昇らは,假谷の死体を焼却するためにこれをマイクロ波焼却装置のある第2サティアン地下室に移動した。
6 その後,後記のとおり,假谷の死体がマイクロ波焼却装置のドラム缶の中に入れられ,その焼却が開始された後,井上,中川及び中村昇は,2,3日間を要する死体焼却の監視にだれが立ち会うかについて被告人に指示を仰ぐため,同日夕方ころ,第6サティアン1階の被告人の部屋に行った。すると,被告人は,それまでに飯田から「假谷さんが車で連れ去られたことで,大崎警察署からあなたがたは知らないかという電話が入りました。」などと報告を受けており,レーザー銃をうまく使わなかったために通行人に現場を目撃され警察に通報されてしまったと思い込んでいたことから,井上ら3人に対し,「なぜ,無理してやったんだ。警察が動いてるじゃないか。レーザーを使わなかったんだろう。」としっ責し,これに対し,井上が,「レーザーは実験しましたが,使えませんでした。」などと弁明した。その後,中川が,被告人に,假谷の死体の焼却にはだれが立ち会えばいいか尋ねると,被告人は,「おまえたちでやるしかないんじゃないか。」と言って,假谷のらちを実行した者で責任を持って遺体を処理するように指示した。
7 そこで,井上や中川らは,中村昇,中川,井田及び高橋克也の4人が交替で假谷の死体の焼却作業の監視に当たることにした。
[罪となるべき事実第2(死体損壊)]
被告人は,井上,中川及び中村昇らと共謀の上,同年3月1日ころから同月4日ころまでの間,第2サティアン地下室において,假谷の死体をマイクロ波加熱装置とドラム缶等を組み合わせた焼却装置(マイクロ波焼却装置)の中に入れ,これにマイクロ波を照射して加熱焼却し,もって,同人の死体を損壊した。
[弁護人の主張に対する当裁判所の判断]
1(1) 弁護人は,假谷の死因は不明で特定することができず,少なくともチオペンタールナトリウムの過剰投与が原因でないことを明らかであるから,逮捕監禁行為と假谷の死亡との間に因果関係は認められないと主張する。
(2) しかしながら,証拠によって認められる中川や林郁夫が假谷に全身麻酔薬を投与しその管理をした状況に係る事実関係や昭和大学医学部麻酔学教室の増田豊助教授及び林郁夫の各証言に係るその知見内容を総合すると,(ア) 一般的に,全身麻酔薬であるチオペンタールナトリウムを投与する場合には,被投与者がその副作用である呼吸抑制及び循環抑制による危険な状態に陥るのを予防するために,揺り動かせば応答する程度の不完全な覚せい状態までのみならず,完全に覚せいするまで被投与者の状態を管理し,完全に覚せいするまでのいつでも起こり得る呼吸抑制及び循環抑制の副作用に対し適切な処置をとらないと被投与者を死亡させる可能性があること,(イ) チオペンタールナトリウムの投与許容量は,一機会にせいぜい2gであるから,假谷に対するチオペンタールナトリウムの投与(約2.8gないし約3.4g)は過剰投与であり,假谷に対し,その副作用である呼吸抑制及び循環抑制に対する適切な処置をしなければ,危険な状態を招くおそれがあったこと,(ウ) 假谷は,平成7年3月1日午前11時ころの時点において,意識喪失状態にあり,麻酔状態が遷延し,呼吸抑制及び循環抑制の状態にあったこと,(エ) それゆえに,假谷は,①呼吸中枢が抑制されて呼吸が停止した,②エアウェイの装着が不完全であり,舌根沈下により気道が閉塞した,③合わないエアウェイの装着を契機として,呼吸抑制に起因する喉頭けいれんを誘発し,声帯が閉塞し呼吸ができない状態になった,④循環中枢が抑制され心停止に至った,⑤循環抑制により心筋そのものに抑制作用が働くなどして心停止に至った,⑥循環抑制が呼吸抑制を引き起こし呼吸が停止した,以上の①ないし⑥の機序のいずれか又はその複合により心不全に陥り死亡したことが認められる。
したがって,假谷が死に至った具体的な過程は必ずしも特定することはできないものの,いずれにしても,假谷は,大量の全身麻酔薬を投与され呼吸抑制及び循環抑制の状態に陥り,それが原因で心不全により死亡したと認められるから,假谷を監禁するための手段である全身麻酔薬の投与と假谷の死亡との間に因果関係があることは明らかである。この点に関する弁護人の主張は採用することができない。
2(1) 弁護人は,被告人は,井上らに対し,假谷のらちやその死体の焼却を指示したことはないと主張する。
(2) そこで判断すると,井上は,被告人が假谷をらちしナルコを実施して仁科の居場所を聞き出すように井上らに指示した際の状況やだれがその死体焼却に立ち会うかについて井上らが被告人の指示を仰いだ際の状況について,前記第1の犯行に至る経緯4及び第2の犯行に至る経緯6の各事実に沿う証言をし,中村昇は,捜査段階において検察官に対し,文脈から被告人を指すことが明らかな「最高幹部」という言葉を使い,「最高幹部」から假谷のらち等や死体焼却に関して指示があった旨の供述をし,中川は,前記第2の犯行に至る経緯6の事実に沿う証言をしている。
(3) 井上証言は,被告人が假谷のらちやその死体の焼却に関して指示したことについて,中村昇供述や中川証言とよく合致し,相互にその信用性を補強している上,そこで述べられている内容についてみても,これまで違法行為に関与したことのない教団信者のいるところで「ポア」という言葉を使ったことについて弟子から注意されて「らち」と言い換え,さらに「ほかしておこうか。」とぼやくに至ったくだりは,被告人が仁科を放っておこうという趣旨のことを言いながらその直後別室で仁科の実兄をらちして仁科の居場所を聞き出すよう指示した経緯をよく説明し得ているし,假谷らちの現場を目撃され警察が動き出している旨の報告を既に受けていた被告人が,レーザー銃の使用に関して井上と交わした一連の会話の内容も相応の具体性と現実性を有するなど,その前後における事態の推移ともよく符合し自然で合理的である。また,教団においては,平成7年1月1日以来,教団施設に対する強制捜査は相当の関心事となっていたものであり,出家を約束した資産家の教団信者が教団から布施を強要されるあまり所在不明となっていた状況で,その信者の実兄をらちした場合,同人がその前日にはボディガードらしき人物を付けるなど教団の違法行為に対して警戒をしていたふしがあることなどを併せ考慮すると,まずもって警察から疑われるのは教団であり,ひいては,教団施設が強制捜査を受けることにもなりかねず,このような教団の存続にも影響を及ぼしかねない行為を,弟子たちが教団の代表者であり弟子たちのグルでもある被告人に無断で計画し実行するとは到底考え難い。さらに,井上は,かつてのグルである被告人に対する気持ちの整理をした上で被告人の事件への関与を明らかにしようという思いで被告人の面前で証言し,しかも,被告人に対する信仰心に特に変化はないと公判で明言する中村昇が,捜査段階において,最高幹部という言葉を用いながらではあるが被告人から假谷のらちやその死体の焼却に関して指示があったことについて井上証言と合致する供述をしていることに照らすと,井上が,自己の刑事責任を軽減するために無実の被告人を引き込もうとして被告人に不利益なうその供述をしたとは認められない。
これらの点に照らすと,井上証言,中村昇供述及び中川証言の信用性は高く,これらの証言や供述をはじめ関係証拠を総合すれば,被告人が井上らに対し,假谷のらち等やその死体焼却の指示をしたことは明らかである。この点に関する弁護人の主張は採用することができない。
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