新人弁護士へのメッセージ by 紀藤正樹
以下は私が所属する第二東京弁護士会の会報「『NIBEN Frontier』2021年1・2月合併号 」の記事の転載です。
弁護士会へ新規入会する”新人弁護士”に向けたメッセージです。弁護士としての心構え、姿勢を説く原稿です。
紙幅の関係で書き足らないところもありますが、参考までにUPさせていただきます。
新入会員に贈るメッセージ
弁護士の仕事は楽しい!?
1.はじめに
皆さんの入会を心から歓迎します。これから弁護士としての仕事を始める皆さんは、この社会の「S席」に座ったようなものです。弁護士は、刑事事件の被告人から上場企業の社長まで、様々な階層の依頼者の悩みを直接聞き、依頼者の人生を追体験できる稀有な職業です。裁判官や検察官のように、対象が裁判事件や刑事事件に限られません。法的な相談とも限りません。様々な人の問題や悩みについて、依頼者から直接話を聞き、依頼者の心のケアまでも期待されるのが弁護士の仕事です。
私は1990年4月登録で、弁護士歴30年です。この間、1回の人生では体験できないような、いろいろな体験をさせていただきました。それでもまだ世の中は知らないことばかりです。いまだに毎日、勉強させていただくことがたくさんあります。
皆さんも、これからが日々本番の勉強です。弁護士の仕事を通じて、失敗も含めて多くの体験をしていくことは、とりわけ若い弁護士にとっては重要です。どんな些細な体験でも、その後の弁護士人生にとって役に立たないものはありません。後になって必ず生きてきます。リアルな体験でなく、疑似体験であっても、弁護士の仕事を一生懸命することこそが、最も勉強になります。
依頼者から教わりながらお金までもらえる。
私は、弁護士ほど恵まれた仕事はないと思っています。
2. 弁護士としての心構え
普段の弁護活動を通じ、私が弁護士として必要だと思う心構えについて、少しお話ししたいと思います。
(1) 事実に偏見なく誠実に向き合う
どんなに法的な知識があっても、法的評価は事実を前提とします。事実を見る目がなければ、法的評価を誤ってしまいます。そのためには、目の前の事実に偏見なく誠実に向き合うことが必要です。
一般に裁判では事実認定といっていますが、弁護士の仕事は、最初にまず事実を確認する作業から始まります。「この事件は○○だ」などと思い込むことは、とても危険です。相談や調査には時間をかけ、謙虚かつ丹念に事実を聴取する姿勢が必要です。
思い込みや偏見は、しばしば事実を見る目を曇らせます。たとえば、ある事件を「儲かる」と思えば、その瞬間から、弁護士は「事件」をお金が儲かる方向に動かすことも可能です。たとえば離婚事件の場合、裏方に徹して夫婦の話し合いだけで協議離婚とすれば、二人にとっては未来に禍根を残さない別れ方ができるかもしれません。でもその場合は法律相談料ベースのお金にしかなりません。他方、法律相談の中で、「弁護士を入れた方がよい」と誘導して事件化すれば、着手金や報酬金をもらうことができます。しかし、二人の未来には禍根を残すことになるかもしれません。お金の誘惑に負けずに、事実に即したアドバイスができるかは、弁護士の心構えとして重要です。
自分の信条とは異なる「党派性」なども、真実を見る目を曇らせる要素です。私は、これまで政治的信条や宗教的信条に反するからというだけで事件をえり好みしたことはありません。新人のうちは、仕事の好き嫌いは考えず、とにかく来る仕事をすべて引き受けました。問題を抱えている相談者がいるなら、時間が許す限り相談に応じてきました。「この事件はお金にならない」と最初は思っていた事件が、多額の報酬をいただく結果になったことも何度もあります。
今私が様々な形で関わっている宗教被害事件も、最初から取り組もうと思った事件ではありませんでした。困った被害者を一人一人救済しているうちに、今や『マインドコントロール』という本すら書けるほど、多数の事件を担当することになり、それがまた新たな仕事にもつながっています。
(2) 経験に頼らない
「経験」は、「偏見」の中で最もやっかいな代物です。新人のころは、初めての事件ばかりですから、新鮮な気持ちで依頼者からもいろいろと教わりながら勉強していくわけですが、経験を積めば積むほど、「これはこういう事件だ」「このくらいの時間でできる」などと、過去の経験から、「今」の事件を判断しがちとなります。しかし、実際の事件は毎回異なり、事件処理をしていくうちに自分の見立てが間違っていたということもよくあります。世間ではOJTなどと、経験はしばしばポジティブに取られがちですが、こと弁護士の仕事にとっては経験に頼ることは危険な面があります。事件ごとに経験を排して、いつも新鮮な気持ちにリセットして事件に取り組むには、自分を律する気概が必要で、最も精神的に苦労する点です。
(3) 創造力が大切
この世の中の紛争は、裁判で勝つだけで決着できる事件ばかりではありません。裁判外の活動、たとえば今の法律で解決が無理なら、法の改正に向けたマスコミへの働きかけや政治家との折衝や出版など、運動論的な仕事もとても重要です。法の世界を飛び出し、法を一から作り出すくらいの創造力が必要です。
私は弁護士2年目で、初めて宗教団体の伝道の違法性を問う裁判を提起しました。その時の記者会見で「これは、マインドコントロールの違法性を問うもの」とコメントしたところ、当時の記者たちの反応は「この弁護士、何言っているの」という白々しいものだったのを覚えています。当時の日本はまだ「マインドコントロール」はSFの世界で、判例も文献もありませんでした。
その後、オウム真理教事件を経て、今や「マインドコントロール」はカルトの悲劇を繰り返さないための重要なキーワードになり、この手法に違法性があることは、多くの裁判例で認められています。
2019年6月15日に施行された改正消費者契約法では、取り消しができる、つまり違法性を帯びる消費者契約の類型として「霊感商法」が加えられました。法律に「霊感」という文字が入ったのは初めてのことで、民事という枠組みではありますが、霊感商法の被害者の救済に役立つことが期待されています。努力すれば法律も変えられるという良い例だと思います。
3. 終わりに
私は、弁護士の世界に出家したようなものだと思っています。依頼者一人一人にとことんコミットしていくこの仕事は、楽しいばかりではなく、苦しいことも多々あります。しかし日々の仕事に精進し、頑張っていけば道 は開けます。皆さんの30年後が楽しみです。強く期待しています。
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