和光大学の職責放棄に抗議する!
■和光大学の理念
■「和光大学は外に向かって開かれ、市民のみなさんとともに生きることを大切にしてきました。」
こんなすばらしい理念を掲げておいて、教育機関としての職責の放棄だと思います。
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<松本被告三女>「自由な学習守り切れない」入学不許可で和光大
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040316-00001057-mai-soci
オウム真理教(アーレフに改称)の松本智津夫(麻原彰晃)被告(49)=東京地裁で死刑、控訴中=の三女(20)の入学を拒否したことについて、和光大学(東京都町田市)の三橋修学長は16日、「本人の自由な学習を守り切れないと同時に、在学生の学習環境を維持できないと考え、入学不許可という苦渋の選択をした」とするコメントを出した。
同大によると、試験合格後に入学手続き書類を提出させた際、家族構成などから松本被告の三女と判明したという。
三橋学長は「本人に責任がなくとも、学内の平穏な教育環境を乱す可能性が大きい。賛否の議論はある。社会の批判のあり得ることも承知の上、この決定をした」としている。(毎日新聞)
[3月16日13時48分更新]
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カルトをなくすためには、ただ孤立させるだけではなく、社会が受け入れていくしかないという視点が欠けています。
まして国や自治体から助成金(税金から出している)を受けて運営している公器たる大学としての視点が欠けています。
3女は、いわゆるカルトの子として、生まれてから、まったく社会の風や常識を教えられていないという、悲劇の子です。既にある程度人格が成立してから、入信した場合とわけが違います。
教育機関である以上、こうした子どもにこそ、配慮をすべきです。
大学は教育機関です。大学を設置した以上、その社会的責務はあります。
和光大学の、教育機関としてのセンスを疑います。
あと法的には、いろいろ言いたいことはありますが、引用が大変なので後日にしますが、補助金の返納もありうる事態です。国、自治体が、和光大学に対する指導を放棄するなら、国、自治体の責任も大きいと思います。
カルトに対する国の無策の結果と言えるかもしれません。
ちなみに早稲田初等部の場合は、都は、返納を求めています。
→和光大学
2004年度入試における合格者の入学不許可について(2004.03.15)-PDFファイルです。
2004 年3月15 日
2004 年度入試における合格者の入学不許可について
和光大学は2004 年度入試において人間関係学部の合格者1 名を、3月12 日に入学不許可とすることを決め、同日本人宛通知した。
いったん合格とした受験生に入学を拒むことは、本学にとって異例のことであり、当該受験生に当惑や苦痛を与えることを承知している。しかし、この間学内での教職員の議論を踏まえ、学長判断のもと、後に記す理由で苦渋の選択をした。
本学は、入学手続書類提出とともに、保証人、家族構成を記させている。したがって、本件における受験生がいかなる家庭的背景をもっているかは、その際、はじめて判明した。
本学は当該合格者が入学した場合、当人が学内外で特異な存在となり、内外の不安や好奇な目にさらされることを防ぐ自信を持たない。その結果、本人に責任がなくとも、学内の平穏な教育環境を乱す可能性が大きい。
本学は小さいながら開学以来30 数年、学生一人一人を大切にすることを教育の原点と考え、教職員と学生ともども努力を重ねてきた。今回の事態に対し、本学の存在意義にまで立ち返り慎重に対処方を検討してきたが、本人の本学における自由な学習を護りきれないと同時に、在学生の学習環境を維持し切れないと考えざるを得ず、現時点では入学不許可という苦渋の選択をすることになった。
この決定が、自由な大学としての本学の伝統に影響のあることを承知している。大学内には今日なお、学長の決定に賛否の議論はある。社会の批判のありうることも承知の上、この決定を行った。
和 光 大 学
学 長 三橋 修
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